こんにちは。重松マンション管理士事務所所長の重松です。
前回「長期修繕計画の学び直し①〜あるある問題事例と最近の傾向」に続き、今回は、長期修繕計画にまつわる「あるある誤解集」をご紹介します。
長期修繕計画「あるある誤解集」
長期修繕計画の工事金額は高いので当てにならない!
この金額をベースに修繕積立金を算出したら、必要以上に高い修繕積立金を設定することになる!
解説
長期修繕計画で設定されている金額は、通常、現在における標準的な価格(いわゆる「定価」)で設定されています。
従いまして、見積合わせや入札などの適正な競争原理が働いた場合は、この金額よりも安く発注することは可能です。
ただ、なぜそのように設定するのかと言いますと、現在実際に発注できる金額で設定しておくと、将来の物価変動や社会情勢等の環境変化に対応できなくなる可能性があるからです。
例えば管理組合の一般会計予算案を作成する時、あるいは皆さまがお勤めの企業等における予算案作成時や、皆さまのご家庭における将来設計・貯金額の設定時などでお考えいただくと良いかもしれません。
全く余裕がない、ピッタリの金額で設定する(している)でしょうか。
通常、いずれの場合も、不測の事態等に備えてある程度の余裕を持たせるのが一般的です。
ご家庭の場合、不足した際にパッと融通が利く何らかの蓄えがあるならばギリギリでも良いかもしれませんが、管理組合ではそうはいきません。
特に高齢化が進んだマンションにおいては、一時金の徴収や修繕積立金の値上げは容易ではありませんので、将来の「安心」や「利便性・快適性の維持・向上」「資産価値の維持・向上」を考えるなら、なおのことではないでしょうか。
見直しの際に下げればいいのか?
なお、長期修繕計画は定期的に見直すので、「高かったらその際に修繕積立金の額を下げればよい」という考えもあります。
マンションの状態・状況によってはそれで良い場合もあるかもしれませんが、下げる前に、
- 長期修繕計画の記載工事に漏れがないか
- コンクリート躯体をはじめとした各所の劣化状況をきちんと把握しているのか
- 時代遅れ(非効率・低機能・無駄に高コスト等)になっている工事や設備が前提になっていないか
- 高経年化に伴うアルミサッシュやドア等、専有部分も含めた給排水管・ガス管等、その他電気・防災設備、外構・土木工事等について検討されているのか
- 建替えや再生工事等について検討されているのか
等について、確認・検討することをお勧めします。
これまで高経年化の団地等も含め多くのマンションのお手伝いをしてきましたが、建築時に最新であっても、その時々でよく検討した長期修繕計画であっても、想定外のことは起こり得ますし、内外の環境変化と共に適応が必要なこともあります。
分かりやすい例だとバリアフリー化や遊具・駐車場設備の見直し、それ以外のよくある分かりやすい例としては、給水方式の変更に伴う工事や照明のLED化等があります。
高額な工事ばかりではないものの、こうしたものを正確に予測し長期修繕計画に盛り込むことは困難であり、ある程度の余裕があれば、こうした想定外の事項に対して、修繕積立金の額を変更しないで対応可能な場合もあります。
分譲時の仕様のままでは、資産価値の維持は難しい
通常、長期修繕計画に記載の工事は、新築時と同等水準の性能・機能を維持・回復することを想定しています。
新築マンションにお住まいの方はピンとこないかもしれませんが、数十年も経つと、様々な技術革新等により、住宅のスタンダードもかなり変わってきます。
資産価値の維持・向上の観点で言えば、例え現状に不満がなくても、近隣マンションの状況や、その時代に求められる機能や美観を考慮する必要も出てきます。
工事の際に十分に普及しているものであれば、当初の想定金額と大差ない金額でアップグレード出来てしまう可能性もありますが、場合によってはプラスα(アルファ)が必要になるでしょう。
また、高経年化した際に建替えをするのかしないかでも、その間の工事方針は変わるはずです。
何をどの程度考慮すべきかはマンションによって異なりますが、かなり先を見越した検討や方針、計画がないのであれば、将来的に修繕積立金不足になる可能性もありますので、ある程度の余裕を持たせておくことをお勧めします。
築30年以上で想定される工事項目
「高経年化に伴う」と前述しましたが、ご参考までに築30年以上のマンションにおいて想定される工事項目例をご紹介します。
25年や30年も先はどうなっているのか分からないのでそんな話をしても意味がない!
そんなことよりも5〜6年先のことを真剣に考えた方が現実的だ!
解説
しばしば見聞きするご発言ですが、先のご発言同様、長期修繕計画の正確性(不確実性)の観点からのご発言のものと、25年や30年先は自分に無関係と思っている方のご発言に大別されるように思います。
目先に迫っている工事は関心が高くなるものですが、マンションを適正に維持していくための長期間の資金計画が決まっていないと、目先の工事とはいえ、どこまでお金を使ってよいのか、または借入れをしてでも実施するべき工事なのか等の判断がしにくくなります。
結局は「今お金がこれだけあるから、その範囲内で実施しよう」となってしまいます。
これでは、適正な計画修繕は実施できません。
長期修繕計画がないとどうなるのか
長期修繕計画(長期的視野)がないと、以下のようなことが起こります。
- 行き当たりばったりの修繕を実施してしまう
- 高額な修繕工事の計画が無視されてしまう
- 修繕積立金の値上ができず、いずれ資金不足に陥る(必要な工事が出来なくなる)
長期修繕計画の意義等、詳しくは前回の「長期修繕計画の学び直し①〜あるある問題事例と最近の傾向」に書かせていただきましたので、よろしければご一読ください。
自分は年金生活者なので修繕積立金の改定(値上げ)は死んだ後にやって欲しい!
(言ってることや計算については理解したが、今のままでいいんだよ・・・)
解説
お気持ちはよくわかりますが・・・ご発言者様がお亡くなりになった後も、マンションは誰かが引き継いで管理していかなければなりません。
ですから、「お亡くなりになった後に値上げ」ということは、今必要な値上げを先送りすることで、この先も長く住む予定の方や将来の区分所有者に多くの負担を強いることになります。
ずっとマンションで暮らせなかったら・・・
「この先のことなんて自分には関係ない」とお思いかもしれませんが・・・本当にそうでしょうか?
お亡くなりになるまでこのマンションで暮らすことができれば幸せですが、状況次第では、マンションを売却したり賃貸したりして、施設等に入る選択をすることになるかもしれません。
そうなった場合、適正に管理されているマンションとそうでないマンションでは、当然に売買価格や賃貸価格に差が出ます。
高齢化が進み、新規入居者が増えなかったら・・・
また、この先を憂慮した若い世代に見限られ、高齢者ばかりで管理をしなければならなくなったり、新規の入居者が増えず空室率が増えたせいで、管理費や修繕積立金の滞納が多くなり、財政難に陥ることもあり得ます。
そうなると、計画していた工事が出来なくなるだけではなく、清掃や点検等の日常管理が行き届かなくなり、配管が詰まったり悪臭が漂うようになったり虫が発生したり等、日常生活にも支障を来す可能性が出てきます。
今までと同様の管理をしようと思ったら、結局は住んでいる区分所有者の負担を増やさざるを得ず、管理費等の値上げや一時金の徴収ということになる可能性もあります。
私自身、実際に管理不全に陥っていた高経年化マンションのお手伝いをしてきていますが、中には多額の一時金徴収をせざるを得なかったケースもあります。
人生100年時代。今後も快適な生活を続けるには?
もしかしたら「仮定の話だろう」「不安を煽っているだけだろう」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが・・・実際に各地で起きていることなのです。
人生100年時代、既に定年退職された方であっても、この先20年、30年が視野に入る時代です。決して人ごとではないのです。
快適な生活を送るためには、日常の管理や計画的な修繕は非常に大切です。
ご自身が現在同等の快適性を維持したまま、安心して充実した余生を過ごすためにも、適正な長期修繕計画と資金計画が必要になることをどうかご理解ください。
長期修繕計画にない工事の実施や時期の変更をするなら、まず長期修繕計画の変更が必要だ!
計画修繕は長期修繕計画通りに実施するべきであって、長期修繕計画の修正なしに一切の変更は認められない!
解説
長期修繕計画を非常に大切にお考えであることが分かるご発言です。
しかし、筋の通った考え方ではありますが、現状の管理規約や細則に特に定めがない場合、長期修繕計画の変更なしで実施可能です。
もちろん、特定の理事や修繕委員会、業者の意のままに適当な工事が実施されてはいけませんので、長期修繕計画をベースに実施することは非常に大切です。
信じられないかもしれませんが、管理組合が機能していないマンションでは、決して当たり前のことではないのです。
長期修繕計画は、あくまでも目安
長期修繕計画の最大の目的は、今後一定期間の修繕積立金の額を設定することです。
概ね25〜30年間程度で設定しているところが多いですが、さらに長期間の計画を立てているところもあります。
そして、前の発言で価格について指摘がありましたが、工事項目や工事金額、工事実施時期はあくまでも目安です。
ですから、長期修繕計画に記載された工事の実施時期は、劣化の進行度、行政の施策(税率や補助金)、メーカーの事情(部品供給の停止)などに応じて、先送りも前倒しもあり得るのです。
工事の実施には、総会決議が必要
ただし、マンション標準管理規約に準拠した管理規約の場合、修繕工事と長期修繕計画の作成または変更は、いずれも個別の管理として総会の議決事項とされています。(※)
従いまして、長期修繕計画にない工事の実施時はもちろん、長期修繕計画に記載された工事を予定通りに実施するとしても、個別に総会の決議をとる必要があります。
その点も誤解されやすいところですので、是非併せて覚えておいていただければと思います。
※マンション標準管理規約(単棟型)の場合、第47条及び第48条に記載があります
長期修繕計画は総会で承認済みなので、そこに記載がある工事や修繕積立金の改定は、理事会決議で可能だ!
必要な工事や時期、金額を網羅した長期修繕計画なのだから、合意済みの内容で実施可能なら問題ないはずだ!
解説
こちらも筋が通っている感じがしますが、残念ながらこの認識は誤りです。理事会決議で実施してはいけません(※)。
※マンション標準管理規約に準拠した管理規約の場合
長期修繕計画と実際の工事の承認は別
非常に誤解の多いところですが、実は長期修繕計画が総会で承認されたとしても、それは今後の計画修繕の基本的な考え方(工事内容、工事実施時期、概算金額)が承認されたということを意味します。
決して個別の修繕工事の実施が承認されたわけではありません。
長期修繕計画は、マンションにとって極めて重要で必要なものですが、あくまでも目安であり不確実性を伴うが故に、実際に長期修繕計画通りに実施するかどうかは、その時々の状況に応じて判断していく必要があるのです。
また、区分所有法の第17条・第18条に以下のような条文があり、このことは法的に定められたことなのです。
(共用部分の変更)
第十七条 共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決する。ただし、この区分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。
2 前項の場合において、共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない。
(共用部分の管理)
第十八条 共用部分の管理に関する事項は、前条の場合を除いて、集会の決議で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
2 前項の規定は、規約で別段の定めをすることを妨げない。
3 前条第二項の規定は、第一項本文の場合に準用する。
4 共用部分につき損害保険契約をすることは、共用部分の管理に関する事項とみなす。
出典:建物の区分所有等に関する法律
区分所有法やマンション標準管理規約では、計画修繕工事(共用部分の変更)について具体的な議案の上程(提案)方法までは規定していませんので、単独議案とするのか、予算案で一括承認とするのか、または事業計画として承認してもらうのか等、工事内容や金額等に応じいくつかの上程方法があります。
しかし、繰り返しになりますが、通常、計画修繕工事を実施する際には、長期修繕計画とは別に総会承認が必要となります。
総会での議決事項
なお、「修繕積立金の改定」については、マンション標準管理規約では「普通決議事項」となっています。
ご参考までに、国交省のマンション標準管理規約の第48条を以下に転載いたします。
(議決事項)
第48条 次の各号に掲げる事項については、総会の決議を経なければならない。
一 規約及び使用細則等の制定、変更又は廃止
二 役員の選任及び解任並びに役員活動費の額及び支払方法
三 収支決算及び事業報告
四 収支予算及び事業計画
五 長期修繕計画の作成又は変更
六 管理費等及び使用料の額並びに賦課徴収方法
七 修繕積立金の保管及び運用方法
八 適正化法第5条の3第1項に基づく管理計画の認定の申請、同法第5条の6第1項に基づく管理計画の認定の更新の申請及び同法第5条の7第1項に基づく管理計画の変更の認定の申請
九 第21条第2項に定める管理の実施
十 第28条第1項に定める特別の管理の実施並びにそれに充てるための資金の借入れ及び修繕積立金の取崩し
十一 区分所有法第57条第2項及び前条第3項第三号の訴えの提起並びにこれらの訴えを提起すべき者の選任
十二 建物の一部が滅失した場合の滅失した共用部分の復旧
十三 円滑化法第102条第1項に基づく除却の必要性に係る認定の申請 十四 区分所有法第62条第1項の場合の建替え及び円滑化法第108条第1項の場合のマンション敷地売却
十五 第28条第2項及び第3項に定める建替え等に係る計画又は設計等の経費のための修繕積立金の取崩し
十六 組合管理部分に関する管理委託契約の締結
十七 その他管理組合の業務に関する重要事項
出典:国交省 マンション標準管理規約(単棟型)
普通決議と特別決議
また、工事の内容次第ではその工事が共用部分の重大変更になる場合もありますので、「特別決議(組合員数・議決権数の各4分の3)」が必要になる事もあります。
前述の条文をご参照いただきつつ、以下の表をご参考にしてください。
ちなみに「長期修繕計画の承認」は、通常であれば前述のマンション標準管理規約の通り「普通決議事項」となっています。
総会で決議すべき事項である旨は、前述の区分所有法の第18条に定められていますが、第二項に「規約で別段の定めをすることを妨げない」とある通り、個々のマンション管理組合によって定めることが可能です。
【さいごに】
2回にわたり長期修繕計画に関して書いてみましたが、いかがだったでしょうか。
築30年を超えると、初めて実施するような工事も出てきますし、内外の環境も変わってきます。
そうした中、資産価値を維持しながら快適な生活を続けるには、行き当たりばったりではなく相応の計画性が必要になります。
皆様のマンションにおいて、改めて長期修繕計画について見直したり考えたりするご参考になれば幸いです。
投稿者プロフィール
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プロナーズ理事(開発担当・監査人兼務)
マンション管理士、管理業務主任者、宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナー、再開発プランナー、二級建築士、二級建築施工管理技士、建築設備検査資格者、甲種防火管理者、甲種危険物取扱者。
大手タイヤメーカー勤務を経て、平成15年2月マンション管理士として独立。財団法人マンション管理センターで嘱託社員として「マンションみらいネット」の立ち上げや「標準管理規約」第22条に対応する「開口部細則」の制定に従事。現在は約40件の管理組合と顧問契約を結びながら継続的な管理組合運営のサポートを行いつつ、大規模修繕工事や給排水管更新工事、管理コストの削減、管理費等の滞納、管理規約の改正等の個別コンサルティングを実施している。
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