重松マンション管理士事務所には電話やメールの無料相談も含め、年間に相当数の相談が寄せられますが、今回は、当事務所に相談があった事例を基に、大規模修繕工事を円滑に進めるためのヒントをご紹介いたします。一般のセミナーや講習会ではなかなか話せない内容も含まれていますので是非お読みいただければと思います。

まずは相談事例のご紹介

当事務所に寄せられる大規模修繕工事に関する相談の数はかなりありますが、その中で「工事業者の工事が下手くそで困っているからなんとならないか。」とか「大規模修繕工事をやってみたけれど、当初考えていたほど綺麗にならずにがっかりした。何がいけなかったのだろう?」などの相談はほとんどありません。

それでは、一体どのような相談が寄せられるのでしょうか?
以下何件かの相談例をピックアップしてみます。

  1. 「理事会や専門委員会の進め方が一方的でおかしいと思うのでいろいろと質問をするが、予算や工期の制約があるとの理由で、こちらの質問にはきちんと答えずに、どんどん先に進めていってしまう。」
  2. 「管理組合の多額のお金を使っているのに、設計事務所や工事業者の選定をした時の理事会の選考経緯が不明朗で納得できない。質問してもきちんと回答してくれない。」
  3. 「工事業者の公募を行い、10社近くの工事業者から見積をとったのに、コンサルタントの設計事務所が特定の工事会社を強く推薦し、納得できる議論や比較ができないままその工事業者にずるずると決まってしまった。」
  4. 「複数の工事会社から見積もりをとったが、金額が横並びで、しかも管理組合が想定している予算とほぼ同じ金額だった。談合ではないかと疑ってみても、証拠がないのでどうすることもできない。」

これからもわかるように、実際に行った工事の内容(結果)に関する不満よりも、大規模修繕工事という一大事業の進め方に関する不満の方が圧倒的に多く見られます。

居住者が、建物を長期間にわたって安全・快適に使用できるようにするための大規模修繕工事なのに、終わってみたら住民間の対立や不協和音ばかりが目立つ結果となり、管理組合内部もぎくしゃくして、工事前よりもコミュニティーが悪くなってしまったという例もよく聞きます。

一大事業を円滑に進めるためのポイント(心がけ)

共有財産を多数決で変更することの意義を理解する。

ご存じのとおりマンションは区分所有者全員の共有財産です。

大規模修繕工事は、区分所有法第17条の規定により、共用部分(共有物)の変更行為に当たります。民法では共有物の変更行為は共有者の「全員合意」がなければすることができません。ところが民法の共有の規定を一部排除して、共有物であっても多数決で変更することができるようにした法律が区分所有法です。

2001年の改正で、形状又は効用の著しい変更を伴わない大規模修繕工事は、過半数で実施することができるようになりました。つまり、民法上では「全員合意」でなければ実施することのできない工事を、過半数で実施することになるわけです。言い換えると、半数近くの区分所有者が反対であっても、総会で可決(承認)されたら工事ができることになります。

マンションは戸建住宅とは違い、管理が行き届かずに放置されてしまうと社会に与える影響がとても大きいので、管理の重要性を考えた場合、多数決で大規模修繕工事を実施できるようにした法律の趣旨は理解できます。

また、日本は民主主義国家ですので、工事の実施が決定したら、反対していた人も工事に協力していただかなければなりません。ですから、反対した区分所有者も、「自分は反対だったけれど、きちんとした手続きを経て決まったことだから受け入れるべきである。」と理解してもらえるような進め方が重要だということです。

つまり、一にも二にも「正しい手続」を積み重ねて、一大事業を進めていく必要があるということになります。この考え方をぜひ理解してください。

知らせることの重要さを意識する。

大規模修繕工事は多額のお金を必要とします。
マンションの規模によっては億単位の金額になります。

このような時のために日頃からコツコツと貯めていた修繕積立金ですから、正しく使うことに関しては恐らく誰も反対しないでしょう。ところが、多額のお金を使うに当たって、その理由がきちんと開示されない場合は、区分所有者は不審に感じるだけでなく、不正等が起こっていないかと思うようになり、理事会や専門委員会に対して態度を硬化させてしまうことがよくあります。上下関係のある会社等であれば、知らされなくてもやむを得ない場合があることを多くの人は理解しますが、全ての区分所有者が平等の管理組合ではそうはいきません。

理事会や専門委員会は、みんなの大切なお金を預かっているのですから、当然に無駄遣いをしようとは考えていないはずですが、自分たちだけが理解、納得しているだけで、区分所有者に対してきちんとした説明ができないと、結果的には「無駄にお金を使っているのではないか?」、「不正はないか?」というような不信感を持たれてしまうことになりかねません。

そのようになってしまうと、説明会や総会が紛糾して、結局は大規模修繕工事が実施できないということもあり得ます。
そうならないためにも、運営側である理事会や専門委員会は常に適切な状況開示が求められます。但し、事業を進める過程においては、情報漏洩等を防ぐ必要がありますので、
区分所有者に断ったうえで一定期間情報を開示しない必要もあります。工事業者の選定時期などはその例に当たりますが、その期間が終了したら、進めてきた過程等をきちんと開示して理解を求めることが重要です。

専門委員会の功罪とは

おかしな話ですが、大規模修繕工事が円滑に実施できない理由の一つに専門委員会の存在があります。

本来ならば、理事会の負担を軽減し、円滑に事業を遂行するために設置された専門委員会のはずですが、専門委員会が理事会の足を引っ張って、理事会の承認を得ないで話を先に進めてしまったり、理事会から諮問されていないことまでやったりして混乱させ、結局は事業が円滑に進まないという事例が数多く存在するのです。

私はこれを「専門委員会の暴走」と呼んでいます。
マンションにはいろいろな専門委員会がありますが、特に大規模修繕工事に関する専門委員会にこの傾向が見られます。

大規模修繕工事は準備開始(発意)から工事完了まで早くても2年、検討期間が長い場合は3~4年程度かかりますので、任期が1年の理事会では対応するのが難しく、専門委員会を立ち上げて対応することが普通です。
そのため、大規模修繕工事に関しては、理事は新米、専門委員は長期間やっているベテランとなり、理事と専門委員の立場が逆転してしまうことがよくあります

更に、専門委員会のメンバー構成に問題がある場合があります。
多くのマンションで犯してしまう間違いは、建築のことに詳しい人や、過去に建設業界に勤務していた人を中心に専門委員を選んでしまうことです。

前述したように、大規模修繕工事で大切なことは、多くの区分所有者が納得できる手続を重ねて一大事業を成し遂げることです。

もちろん工事や建築等に関する知識を持った人を選ぶなということではありません。
しかし、ご自分の分野の専門知識が先走ってしまい、議論の本質から外れた意見を述べたり、設計事務所や工事業者等の専門家と無意味な意地の張り合い等をしたり、あるいは専門知識を武器にしてご自身の考えややりたいことを押しつける、知識をひけらかすだけの(ように思われてしまう)発言を頻繁に行うようなこともあり、そういう方のお陰で安心して進められる、効率良く進められる、そして、より良い工事に繋がる、等の、本来期待したい結果とは違う、独善的に進む、無駄に長い会議が増える、委員会内や理事会との対立構造ができる、業者とのトラブルが増える、等々、逆に人間関係の悪化や混乱を招いたりする場合も実際に数多く存在するからです。

逆に言えば、専門知識を持った方々には、良かれと思って多くの時間を割いたにも拘わらず、感謝されるどころか陰口を叩かれる、なんてことにならないよう、せっかくの知識や経験、そして労力を無駄にしないよう、うまく関わっていただければ大変有り難いです。

このような事態を招かないためのヒントとして、私は以下のことをいつも提案しています。

  • 専門委員会はあくまでも理事会の諮問機関(下部組織)として、理事会のサポートに徹する立場であることを理解する。
  • 理事会は、専門委員会にお願いする作業内容と納期を明確にしたうえで諮問する。
  • 専門委員会は、理事会からの諮問に基づいて作業を行い答申する。
  • 専門委員会のメンバーは、建築の専門家だけではなく、幅広い分野の老若男女から選任する。

以上です。専門委員会がうまく機能している例もたくさんありますが、それらの管理組合に共通していることは、専門委員の構成が建設関係者に偏っておらず、バランスが取れていることです。また、実際に委員長が建設関係の方でなくうまくいっているケースも多く見られますが、委員長選出時、建設関係の方かどうか(専門知識の有無)を最優先する必要はないと思います。

建設業界の実態を理解する。

いまだに存在する談合に注意

大規模修繕工事で最も気を付けていただきたいことは「談合」です。
日本特有の文化といわれ、「談合は悪くない!必要悪だ!」といわれたり、「たとえ談合されても、工事さえきちんとやってもらえたらそれで良い。」などと言われたりします。
一般の人からするとかなり乱暴な意見ですが、建設業界では意外と聞きなれた言葉なのです。最近は建設業界もコンプライアンスを重視して、談合からの決別を謳っていますが、それは一流と言われたごく一部の大手ゼネコンだけであり、大規模修繕工事の専門会社を見ていると、残念ではありますが、それとは程遠いことが行われています。

工事の発注は適正な価格で行われるべきであり、やたらと値切ったり買い叩いたりすることは適切とはいえません。
しかし、特命発注でない限りは、競争原理が働いた適正な金額で発注するべきであることはいうまでもありません。

管理組合の大切な修繕積立金が、不当な方法で、数百万円、数千万円と毀損されるわけですから、談合は必要悪ではなく明らかに不正手段です。

では談合はどのようにして行われるのでしょうか。
多くの場合、談合は、管理組合の味方であるはずの管理会社や設計事務所が、工事業者に情報を横流しして行われます。情報とは、管理組合の予算額や見積を取得している業者名や業者数等です。そしてそこには「キックバック」という業界特有の不正行為が関係してきます。

まず下の表-1を見てください。これは明らかに談合が行われた事例です。
設計価格に対する各社の見積金額は、83.2%~100.8%までの横並びです。もちろんこれだけで「談合」と断言できるわけではありませんので、私たちは見積書の各項目の細かな部分や、引き合いから見積提出までの各社の行動など様々な要素を確認したうえで判断します。
この時は、応募した工事業者全社を失格にして別の工事会社から再見積を取得しましたが、同じ仕様で見積金額は約3千万円下がりました。もし談合が見抜けなかったら、A社かB社が受注して、多額のキックバックが設計事務所に支払われたことは容易に想像できます。
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次に表-2を見てください。これは管理会社が音頭をとって談合をしようとしたのですが、談合に加わらない会社が1社見積に参加したため談合が成立しなかった事例です。談合に加わらなかった会社はA社で、B社、管理会社、C社は話し合ったうえで談合をしています。
中断の赤い囲みを見てください。専門的なことは割愛しますが、談合に参加していないA社は、独自の判断で自社なりの価格で見積を提出していますが、残りの3社は話し合ったうえで、いずれも間違った金額をほぼ横並びの状態で計上しています。このあたりは、専門家でないとなかなか分からないと思いますが、管理会社を含む3社は適正な競争を行っていません。もしA社が競争に参加していなかった場合を想定してみてください。管理組合は、B社、管理会社、C社の金額を比較したうえで、おそらく管理会社に発注していたと思います。管理組合は、見積比較一覧表を見る前までは、管理会社に工事を発注してもよいと思っていましたが、この結果を見て管理会社に不信感を持ったため、当初の方針を変更してA社に発注することになりました。その結果、管理組合は管理会社よりも約1千5百万円安く発注することができました。

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信頼できるパートナーを見つける。

管理会社や設計事務所は、本来ならば管理組合にとって信頼できるパートナーであるべきです。
しかし、前述のように管理組合の知らないところで不正をはたらき、大切な修繕積立金を不当に搾取している場合があります。建設業界とは縁のない一般の方々から見るととても考えられないようなことですが、もちろんすべての管理会社や設計事務所がそのようなことをやっているということではなく、真面目に活動している会社もたくさんあります。

そのような中で、管理組合自身で信頼できるかどうか見抜くことができないのであれば、以下のことに注意していただければと思います。

  • 設計事務所を選定する時は、報酬の見積金額が極端に安い設計事務所は要注意!
  • 安い報酬額を提示し、設計監理ボランティアを装ったサービスにも要注意!
  • 管理会社に大規模修繕工事を発注する場合は、その目的・意義をきちんと理解し、区分所有者にも説明をしたうえで発注する。(管理会社に工事を発注する方が、工事金額が安上がりということは絶対にありません。「工事金額が多少高くても、このようなメリットがあるから管理会社に発注する。」というきちんとした説明が必要です。)

また、「もしかしたら談合が行われたのではないか。」という不信感がある場合は、大規模修繕工事を進めることを一旦中断してでも、自分たちが納得いくまで調査や確認をすることです。大規模修繕工事は、季節の影響を受けやすいので着工時期が概ね決まっています。(3月や9月に着工することが多い。)つまり、適当な実施時期を逃すと、次は6か月後になる場合もありますが、それでもみんなの貴重なお金を無駄にしないためにも勇気をもって検証することが大切だと思います。

さいごに

いかがでしたか。
今回は、重松マンション管理事務所に寄せられる相談の中から大規模修繕工事に関してお届けしましたが、行政等が主催するセミナーではなかなか話すことができない内容が多く含まれています。私もサラリーマン時代は長く建設業界にいましたのであまり批判的なことは書きたくないのですが・・・みなさんが大金をはたいて購入したマンションに少しでも長く快適に暮らしていけるために、そのための大規模修繕工事を、無駄なお金を使うことなく少しでもうまく実施できるように、改めて書かせていただきました。
これから大規模修繕工事を計画している管理組合にとって、少しでもご参考にしていただければ幸いです。

投稿者プロフィール

重松 秀士
重松 秀士重松マンション管理士事務所 所長
プロナーズ理事(開発担当・監査人兼務)
マンション管理士、管理業務主任者、宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナー、再開発プランナー、二級建築士、二級建築施工管理技士、建築設備検査資格者、甲種防火管理者、甲種危険物取扱者。
大手タイヤメーカー勤務を経て、平成15年2月マンション管理士として独立。財団法人マンション管理センターで嘱託社員として「マンションみらいネット」の立ち上げや「標準管理規約」第22条に対応する「開口部細則」の制定に従事。現在は約40件の管理組合と顧問契約を結びながら継続的な管理組合運営のサポートを行いつつ、大規模修繕工事や給排水管更新工事、管理コストの削減、管理費等の滞納、管理規約の改正等の個別コンサルティングを実施している。